2010年5月5日

長尾眞『電子図書館』と失われた15年

自分は図書館・情報学科出身なんだけど、この学科には図書館コース、情報メディアコース、情報検索コースと3つのコースがあって、自分が所属していたのは情報メディアコース。だから、基礎科目としての図書館学は学んでいるとはいっても、かじっているという表現が近い程度の学び方で、意識としては「図書館」・「情報」学の「情報」寄りだった。当然ながら司書資格も持っていない。

そんな学生だったから、もちろん図書館に興味はありつつも、図書館についての勉強を積極的にしたわけでもないので、1994年に出されていた長尾真さん(出版当時は京都大学教授、現在国立国会図書館長)の『電子図書館』なんて存在すら知らなかった。それが今年になって新装されて発売されたのを知り(中身はほとんど当時のまま)、発売から16年という時を経たその本を読んでみた。

話の中心は電子図書館だけど、当然そこには書籍の電子化も絡んでくる。正直言って、今問題になっていることが凝縮されていることにびっくり。長尾さんが予測したことがかなりの精度で現実のものになっている。人が必要とする情報の単位とその利用法、情報の入れ物の概念の変化、ハイパーテキストの活用などは、その後インターネットの普及とともに、かなり認知されていった。さらに、フリーの話であったり、出版社の中抜きの話であったり、今になってみんなが慌てている話がすでに俎上に載せられている。

94年ですよ。Windows95もまだ発売されていない段階で、今読んでも十分すぎるくらい参考になるレベルの話がすでに提示されていたのだ。確かに電子書籍が利用されるようになったのはアメリカでアマゾンのKindleが売れるようになった2009年になってからだし、人も企業も問題に直面しないとなかなか動かないっていうのもわかる。

じゃあ、去年まで考えるきっかけがなかったかと言えば、失敗に終わったけど、ソニーが日本でリブリエを発売したのは2004年のことだ。KindleだiPadだ、黒船だとか騒ぐ前に、国内から問題提起はされていた。でも、そのときは業界(と言うか、取次だけど)の反発で、買い切りではなく貸本形式になってしまったことも災いして(原因は他にもあるけど)、リブリエはあえなく市場から退場。

出版業界は目先の利益の追求を容認して、問題を先送りしてしまったわけだ。電子書籍の時代の到来がそう遠くないことはわかりきっていたのに。電子書籍の販売プラットフォームにしたって、アマゾンやアップルに取られてもう手遅れとか言ってるけど、リブリエのときにちゃんと考えてやってればこんなことにならなかったかもしれないのになあ。

この本が出版されてから15年、本格的な電子書籍の議論がほとんど前に進まなかったのはあまりにも大きな損失としか言いようがない。なあんて、図書館・情報学科出身で出版社で働いていながら、今頃になってこの本を読んだ自分にもあまり言う資格はないわけだけど。

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